国際協力への第一歩 ~青年海外協力隊員からのアフリカレポート18~



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電気が使えない1カ月はこのランプ一つで生活しました。小さな明かりでしたがあるだけ助かりました。
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あ電気を管理する機械です。これは新しいタイプのもので交換してくれたものです。残りの電気量などが見れます。
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電気が無くて生活は辛いけど、仕事では笑顔をつくっているところが元営業の意地です。

ボンディーア!(おはようございます!)青年海外協力隊員の関朱美です。前回のレポートに私の家の電気が使えなくなったことを書かせていただいたと思いますが、実はこの電気なし生活が1カ月程続きました。ということで電気なしの生活についてお伝えしていきます。

想像力
電気に問題が起きた日にブレーカーが落ちたり、火花が散ったりしていたので、その様子からずっと電気技術者の人に「電気の問題は漏電だと思う。」とずっと相談していました。しかし電気技術者の人は、入口の電気器材がダメになっているだけと判断して、入口のところを新しい電気器材に交換しました。ところが直らなかったため、次に電気の管理をしているメーターのようなものがあるのですが、それが古いから新しいものに交換すれば大丈夫だと言って新しいものに交換しました。しかし結局、電気がすぐに使えなくなり、電気の減り方や問題を話して、最終的に1カ月経ってようやく漏電だと電気会社の人が言い始めました。あれ?私、初めから漏電じゃないかって言ったよね?私自身も初めから漏電だって話していたのに、問題をすぐに見つけられず、1カ月まともに直してくれなかった電気のプロであるはずのモザンビーク人に私は呆れることしかできませんでした。この時、思ったことは、想像力の違いなのかということ。仕事でもなんでも先のことは見えないけど現状から分析をしたり、どんなことが問題なのか、今後どんな問題が起きるか想像をして解決に導くことをしますよね。仕事をしていた人ならよく分かると思いますが、何か仕事をしていくにあたって必要なことや状況を想像することを必ずしていると思います。しかしモザンビーク人は問題に対して想像をして問題解決するということをあまりしないようでした。これも国民性の、今が良ければ全て良いという考えなのでしょうか。結果私の家の問題にもその時に見えているものでしか判断してくれなかった結果なかなか直らず、電気なしの生活が1カ月も続いたのでした。

1か月の電気なし生活を送って
電気なし生活と言うものがまさか1カ月も続くとは思ってもいませんでした。正確に言うと修理をしたその日だけ電気が使えた日もあったので、まるっきり1か月電気がないわけではなかったのですが、基本は電気なし生活を送りました。最近は朝も日が昇るのが遅く、夕方も早くに暗くなるので家にいる時は基本、暗い中で生活です。朝、暗い中で着替えるためブラウスのボタンをかけ間違えて職場に行ってしまったり、夜も部屋着に着替えるときに裏表逆に着てしまうこともありました。1~2週間はなんとか我慢していましたが、2週間が過ぎたくらいの時にふと急に夜の暗い中、一人で大泣きしてしまう時もありました。それくらい暗い中での生活が寂しくて辛いものだったと思います。それでも仕事にはできる限り行きつつ、一方で電気技術の人や電気会社の人が来ると言うときは家で待機しなければいけず、活動も集中してできない日々を過ごしました。平日はご飯を作ることもできないので、食事管理が上手くできず、結果、体調も崩したりもしました。日本では電気がある生活が当たり前だったけど、アフリカってこんなに大変なのかなぁと思ったりもしましたが今回の1カ月も使えないというような件は、モザンビーク人もびっくりしている状況で、私は現地の人よりも大変な生活をしていたようです。私にとって国際協力の中で「インフラ」はとても重要な項目の一つであり、そのインフラの大切さ、必要さを自分自身で実感できたことはいい機会だったと思います。ただこの生活を続けたいかと言われたら即答でNO!です。

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関朱美(せきあけみ)